真空ポンプは「容器から気体を取り除き、圧力を大気圧より低くする」ための装置です。
この記事では、ドライ真空ポンプの基本から、方式ごとの上手な使い分け、選定のポイント、そして長く安定して使うためのトラブル対策まで、真空機器の専門商社ならではの視点で分かりやすく解説します。
「どのポンプを選べばいいか分からない…」とお悩みの方から、すでにお使いのポンプの性能を最大限に引き出したい方まで、幅広くご活用いただける内容になっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
目次
ドライ真空ポンプとは?
まず真空ポンプとは、真空環境を作るために、空気を吸い出すためのポンプです。圧力が下がることで、酸化を防ぐことができたり、精密な加工が可能になるため、産業界においては、真空環境を作りたいというニーズはさまざまな分野で存在します。
真空の基本や用途については、以下の記事で詳しく解説しています。
今さら聞けない「真空」とは?原理・種類・用途をわかりやすく解説!
なかでもドライ真空ポンプは、真空側に油や液体を使わない(オイルフリー)構造が特長。製品や試料を油ミストで汚さないため、半導体・分析・医薬・食品をはじめ、クリーン性が重視される工程で広く利用されています。
ドライ真空ポンプの強み
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油で製品を汚さない
ポンプ内の油が真空チャンバー側に逆流する「オイルバックストリーミング」の心配がほとんどなく、製品や試料の汚染を防げます。 -
品質の安定と歩留まり向上
油ミストによる汚染を抑制することで、製品の品質にばらつきがなくなります。結果として、安定した製品を繰り返し製造できるようになり、歩留まりの向上にもつながります。 -
メンテナンスが容易
油を使わないため、面倒なオイル交換や廃油処理不要です。 -
一台で幅広い圧力範囲をカバー
機種にもよりますが、大気圧から中〜高真空の境界付近(〜0.1 Pa)までを一台で効率よく排気できるため、システム構成をシンプルにできます。
清潔で扱いやすいドライ真空ポンプは、半導体製造、分析、医薬品、食品をはじめ、クリーンな環境が求められる最先端分野で広く活躍しています。
ドライ真空ポンプの注意点
- 苦手なプロセスへの対策
水分や溶剤、粉塵などが多い環境では適切な前処理(トラップやフィルターの設置)が必須です。 -
コスト
油回転真空ポンプに比べ、導入費用などが高くなる傾向があります。ただし、オイル交換の手間や廃油処理コストが不要なため、長期的な運用コスト(TCO)で比較検討することが大切です。 -
設置環境
機種にもよりますが、基本的には作動時の音や発熱が大きくなる傾向があります。
防音対策や冷却設備の検討が必要になることもあります。
【用途で選ぶ!】ドライ真空ポンプの種類と特徴
ドライ真空ポンプは多種多様ですが、「どんな仕組みで空気を排出するか」というメカニズムで考えると、最適なポンプが選びやすくなります。まずは、必要な圧力と到達時間、そして発生するガスの量を整理することから始めましょう。
① 容積移送式・接触タイプ(研究室・分析装置などにおすすめ)
代表的な方式:スクロール式、揺動ピストン式、ダイアフラム式など
密閉した空間(気室)に気体を閉じ込めて、ぐっと押し出すイメージです。比較的、静かでコンパクトな機種が多く、低~中真空領域や、小~中程度の流量が必要な用途で活躍します。
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強み
静音性、低振動、コンパクトさが魅力です。研究室での分析装置、真空乾燥の前段ポンプ、リークテスト装置など、人の近くで使う装置に向いています。 -
注意点
蒸気や粉塵が苦手なため、吸気側にフィルターやトラップを設置する前処理が効果的です。
② 容積移送式・非接触タイプ(工場ライン・連続運転におすすめ)
代表的な方式:クロー式、スクリュー式、多段ルーツ式など
内部の部品(ローター)同士が接触せずに高速回転することで、気体を連続的に運び出します。パワフルで長時間の連続運転にも強い、タフなタイプです。
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強み
中~大流量の排気に対応でき、搬送、成形、乾燥、薄膜形成といった様々な生産ラインで豊富な実績があります。 -
注意点
機種によっては運転時の熱や音が大きくなることがあります。冷却設備の設計や防音対策を適切に行うことで、性能を最大限に引き出せます。蒸気や腐食性ガスを扱う場合は、N₂パージとトラップの併用が必須です。
③ 運動量輸送式(高真空・超高真空)
代表的な方式:ターボ分子ポンプ
高速回転する羽根車で気体分子を文字通り「弾き飛ばす」ようにして排気します。高真空から超高真空という、非常に清浄な空間を作り出すスペシャリストです。
- 注意点
このポンプは、気体分子が自由に飛び回る分子流領域(高真空)で効率的に機能するため、大気圧付近では性能を発揮できません。
必ず①や②のドライポンプ、もしくは油回転ポンプなどを「前段ポンプ(粗引きポンプ)」として組み合わせる必要があります。
【補足】「段数」って気にした方がいい?
ポンプのカタログで1段式/2段式といった言葉を見かけることがあります。これは、ポンプ内部で気体を圧縮する工程(ステージ)がいくつ直列になっているか、ということです。
一般的に、ステージ数を増やした2段式の方が、より高い真空度(低い圧力)に到達できます。一方、シンプルな1段式は、大気圧付近での排気スピードが速い傾向があります。
ダイアフラムポンプや油回転ポンプでは、到達圧力を向上させるためにポンプを直列につなげた「二段式」がよく用いられ、性能指標の一つになります。
一方、クロー式やスクリュー式などのドライ真空ポンプは、内部構造ですでに多段圧縮を行っているため、あえて「〇段式」と呼ぶことは稀です。
ドライと油回転、どう使い分ける?
一方、油回転真空ポンプ(別名:ロータリーポンプ)は、真空ポンプ油(オイル)を使用します。オイルが回転部の動きを滑らかにし、真空部と大気部の間の気密性を高める役割を果たします。
どちらのポンプを選ぶかは、以下の3つのポイントで考えると分かりやすくなります。
1. 清浄性(製品への汚染・再現性)
ドライ真空ポンプは前述の通り油を使わないため、分析や医薬、成膜など、少しの汚染も許されないクリーンな環境では、こちらを選ぶことが一般的です。
油回転式真空ポンプは高い基本性能を持っていますが、オイルミストの逆流を防ぐための「オイルミストフィルター」や「トラップ」が必須となります。
2. プロセスへの適合性(ガス負荷・圧力帯・時間)
水分や溶媒、腐食性ガスが多いプロセスでは、ポンプの寿命や性能に大きな影響が出ます。
ドライ真空ポンプでも、ガスや粉塵を扱う場合は、コールドトラップやフィルター、N₂パージといった「前処理」をしっかり行うことが重要です。
一方、油回転真空ポンプでも、適切なトラップを組み合わせることで、十分に対応できるケースもあります。
3. 運用コスト(保守・停止ロス・電力)
初期費用だけでなく、年間のランニングコストで比較することが大切です。
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ドライ真空ポンプ:オイル交換が不要なため、メンテナンスの手間や停止時間が短く済みます。
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油回転真空ポンプ:定期的なオイル交換や消耗品の費用はかかりますが、本体の導入費用は比較的安く抑えられます。
これらの費用に、電力コストやポンプ停止による機会損失を加えて、総合的なコスト(TCO)で判断しましょう。
ドライ真空ポンプの原理別の要点まとめ
ドライ真空ポンプは、ポンプの排気構造によってさまざまなタイプがあります。ここでは、各種ドライ真空ポンプの排気原理、メリット、主な用途について解説します。
スクロール型ドライ真空ポンプ
スクロール型ドライ真空ポンプは、主に2つの渦巻型の部品(スクロール)で構成されています。2つのスクロールが相対的に揺動(みそすり)運動すると、2つのスクロールに閉じ込められた気体が中心部に向かい、中心部の穴から排気されるという仕組みです。
スクロール型ドライ真空ポンプのメリット
スクロール型ドライ真空ポンプは、ポンプの駆動トルクの変動が小さいことによって、振動・騒音が小さくなるのがメリットです。
主な用途・使用される産業
真空乾燥装置、理化学分析装置、真空熱処理炉などで使用されています。
多段ルーツ型ドライ真空ポンプ
多段ルーツ型ドライ真空ポンプは、ケーシングに2つのロータが入っており、互いに反対方向に同じ速度で回転します。その回転により、気体を2つのロータの回転軸の内側に引き寄せ、排気する仕組みになっています。
ロータの断面は、8の字形状もしくは三つ葉形状となっており、気体を効率よく排気する形状となっています。
ルーツ型ドライ真空ポンプのメリット
ロータが同軸上にいくつも重なって(多段して)存在することによって、排気速度が高いというメリットがあります。
主な用途・使用される産業
ルーツ型は半導体製造や製薬プロセス、分析・計測機器などで使用されています。
ダイアフラム型ドライ真空ポンプ
ダイアフラム(変形可能な薄い膜)の往復運動を利用して排気を行う真空ポンプです。
偏心軸が回転することによって、ダイアフラムが往復運動し、吸気口から排気口へ気体を動かすという原理になっています。
ダイアフラム型ドライ真空ポンプのメリット
ダイアフラム型は機構がシンプルで、低価格で導入がしやすいです。また、排気構造において摺動部がないため、運転時の発熱が低いというメリットもあります。
主な用途・使用される産業
ICのウエハ吸着装置、真空チャック、真空ピンセット、真空排気などで使用されています。ダイアフラムの上下運動は比較的ストロークが浅く、気体の移動量に限界があるため、比較的排気量の小さい用途が多いです。
揺動ピストン型ドライ真空ポンプ
偏心回転軸に連動するピストンの往復運動により気体を排気するタイプの真空ポンプです。
回転軸に偏心カムとピストンが取り付けられ、回転軸が回ることでカムが回転します。それによってピストンがシリンダ内を上下運動し、これによって吸気・排気を繰り返します。
排気原理はダイアフラム型と似ていますが、両者はすみ分けができています。揺動ピストン型はピストンのストロークを大きくすることができるため、比較的排気速度を大きくすることができます。ダイアフラムストロークが比較的小さいため、排気量が少ないですが、比較的静かという特長があります。
揺動ピストン型ドライ真空ポンプのメリット
揺動ピストン型は簡単な構造かつ高い排気速度を実現しているのがメリットです。
主な用途・使用される産業
揺動ピストン型は製造業や食品加工など、幅広い分野で使用されています。
回転翼型ドライ真空ポンプ
回転翼型ドライ真空ポンプは、シリンダ、ロータ、ベーンで構成されています。ベーン(Vane)は直訳すると羽根という意味になりますが、これがロータの周りに付いており水車のような形状となります。ロータが回転することでベーンがシリンダと接触しながらシリンダ内の気体を排気する原理となっています。
回転翼型ドライ真空ポンプのメリット
回転翼型は低真空領域で大きな排気速度が得られることがメリットです。
主な用途・使用される産業
回転翼型は実験や医療機器など、小規模な製造プロセスで使用されています。また、吸着・搬送機械の真空源として、食品機械業界、包装機械業界、半導体業界など多様な業界で使用されています。
クロー型ドライ真空ポンプ
クロー型ドライ真空ポンプは、ケーシングに2つのロータが入っており、互いに反対方向に同じ速度で回転します。ロータの形状は爪(クロー)状であり、この形状によりクロー間に吸引した気体を捕捉し、圧縮、排気を行います。
クロー型ドライ真空ポンプの排気原理は多段ルーツ型と似ています。排気の過程で内部圧縮を行うかどうかが両者の大きな違いです。
多段ルーツ型では、ふたつのロータの間に閉じ込められた気体の体積は吸気口から排気口まで一定(気体は圧縮されない)ですが、クロー型では吸気口から排気口に向かうにあたって気体が圧縮されます。
これは、クロー型のロータが独特な爪型形状にあることに起因しています。この特徴により、高圧域における圧縮比はルーツ型よりも高くなっています。
参考URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj1958/43/5/43_5_557/_pdf
クロー型ドライ真空ポンプのメリット
クロー型ドライ真空ポンプは気体を圧縮して排気するという性質により、消費電力が少なく、省エネ性に優れています。
主な用途・使用される産業
クロー型は蒸気滅菌、プラスチック成形、印刷、医療システム、空気輸送システムなど、さまざまな産業で使用されています。
スクリュー型ドライ真空ポンプ
スクリュー型ドライ真空ポンプは、並行する2つのスクリューロータとケーシングで構成されています。スクリューロータは同じ速度、かつ互いに反対の回転方向に回ることで、ケーシングの気体を排気口に送る原理となっています。
スクリューロータの形状はねじのような形ですが、この形状は角ねじ形、スパイラキシャル形、リショルム形といくつかの形状があります。
スクリュー型ドライ真空ポンプのメリット
スクリュー型は大気圧から到達圧力まで連続運転が可能であること、往復型の真空ポンプ(ダイアフラム型や揺動ピストン型)と比較すると低振動であることがメリットです。
主な用途・使用される産業
スクリュー型は半導体製造装置のエアー排気用途、真空乾燥用途などに使用されています。
ターボ分子ポンプ
ターボ分子ポンプは、多数の回転翼で構成されています。回転翼が高速で回転することで、気体分子を叩き、運動量を与えます。その運動量によって、気体が排気口に送り込まれて排気される原理となっています。
ターボ分子ポンプのメリット
ターボ分子ポンプは非常に高い真空度を実現できるのがメリットです。これまで紹介したタイプのドライ真空ポンプは、大気圧~10-1Paの範囲での稼働を前提としていました。ターボ分子ポンプは102Pa~10-8Paの範囲で稼働可能です。
ターボ分子ポンプは大気圧からの排気には向いていません。そのため、他のタイプの真空ポンプと組み合わせて使い、高真空を実現します。
主な用途・使用される産業
ターボ分子ポンプは研究機関や製造プロセスでの高度な真空要求がある場面で利用されています。
よくあるトラブルと対策
ドライ真空ポンプは扱いやすい製品ですが、機械である以上、使い方や長期間の使用によってトラブルが発生することはあります。
ドライ真空ポンプのよくあるトラブル事例として、次のような項目があります。
- 起動しない
電源が故障している、駆動源であるモータが故障している、駆動ギヤの潤滑油が切れている、などの可能性があります。これらの部品の異常の有無をまずはチェックしてみましょう。
モータ部の故障かどうかを判定するには、モータをドライ真空ポンプから取り外し、モータのみで運転するのがひとつの方法です。 - 圧力が下がらない
どこかで気体が漏れている可能性があります。配管やシール部分などを確認してみましょう。
ダイアフラム型の場合は、ダイアフラムの破損の有無も確認してみましょう。 - 排気時間がかかる
吸気口フィルタにゴミが詰まると、吸気量が少なくなり、排気時間が長くなる要因になります。フィルタの清掃、交換を検討しましょう。 - ポンプがロックした
ポンプ内部に異物が混入してロックした場合、無理に動かすと重大な損傷につながる恐れがあります。ご自身で分解せず、まずは専門の業者にご相談ください。 - 異常音がする
ベアリングやタイミングギヤなど、駆動部の異常が考えられます。異常音がする場所を突き止め、当該箇所の状況を確認してみましょう。 - 異常発熱がする
ポンプに異常な負荷がかかっている可能性があります。ポンプの負荷状況を確認してみましょう。
また、水冷式の場合は冷却水のトラブルも考えられます。冷却水が流れているか、冷却水の量は適切かチェックが必要です。
故障を防ぐ!定期チェックポイント
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到達圧・立上がり時間
普段より1〜3割ほど時間がかかるようになったら、点検のサインかもしれません。 -
吸気フィルタ差圧
初期比 +30% 程度になると清掃や交換の目安になります -
温度・電流
ケーシング温度 +10℃、モータ電流 +10% 超で内部負荷を疑いましょう -
音・振動・臭い
いつもと違う金属音、焦げたような臭い、異常な振動を感じたら、直ちにポンプを停止し、専門家による点検を受けてください。 -
前処理
トラップの詰まりやN₂パージ流量を毎回チェックしましょう
方式ごとの主なメンテナンス
ドライ真空ポンプはオイル交換が不要なため運用しやすいですが、メンテナンスが全く要らないというわけではありません。性能を維持し、長く安心して使い続けるために、適切な時期に必要なメンテナンスを行いましょう。
ここでは、方式ごとに必要なメンテナンスを解説いたします。
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スクロール式・揺動ピストン式など(接触タイプ)
気体を圧縮するための摺動部品(チップシールなど)は消耗品です。定期的な交換が必要になります。 -
ダイアフラム式
ポンプの心臓部である「膜(ダイアフラム)」は、劣化すると性能が落ちるため、定期的に交換します。 -
クロー式・スクリュー式など(非接触タイプ)
内部は非接触ですが、吸気フィルターの清掃・交換や、性能維持のための定期的なオーバーホールが推奨されます。
ちなみに、一部の機種では駆動部の潤滑にギヤオイルが使われていますが、真空側とは完全に隔離されているため、商品を汚染する心配はありません。こちらもメーカー推奨に従って交換しましょう。
まとめ
ドライ真空ポンプは真空側に油を持ち込まないため、製品汚染を許さない分野で重宝される真空ポンプです。
選定は「なにを、どこまでの圧力に、どれくらいの時間で」を考えて選びましょう。
三弘エマテックは、真空機器の総合商社として、真空機器の導入から改善、改良、アフターサポートまで一貫して対応いたします。個々の現場に合わせた最適な提案を得意としておりますので、真空機器に関するお悩みがあれば、まずはお気軽にご相談ください。